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明日も夏休み

「外国語学」を読み始めた。

「はじめに」に、言語の"根本的な権力性と倫理性のヤヌスの双貌をどう捉えるか"を論じるとある。

「一、外国語と権力」にこういう一節。

「基本的に外国語教育は、やはり十九世紀から二十世紀の欧米帝国主義(そこに途中から加わった日本帝国主義)の権力構造によって規定されているのである。(略)

他方「下」からみれば外国語を習得することは力(権力)を獲得することである。(略)

"外国語は支配/被支配の両側から二重に、権力として構造化されていた"ということなんだけど、外国語の権力性なんて気にしてなかったなあ。
しかし、日本人がやたら他人の英語力をあげつらってマウントをとりたがるのはこの権力構造が影響しているのだろうか。

※電子図書館システムで借りて読んでます。

iwanami.co.jp/smp/book/b257608

岩波書店外国語学 - 岩波書店 言語の背後に隠された暴力性と権力性を越え,他者との相互承認に向けた真の意味での翻訳の可能性を考える.

語学によって力を獲得する気がまったく感じられない私の であった。

あきらかに聞き取りやすい言語を中心に選んでるな。