「外国人はマナーを守れ」って、わけわからんわなー。日本人はヨーロッパのレストランでズルズル音を立てながらスパゲッティをすすったり(そもそもスパゲッティをすするというのは音を立ててなくてもヘンである)、皿を持ち上げたりしているではないか。
そのうち箸の持ち方にはじまり「そばを啜るときは60デシベル以上がマナー」とか、微に入り細にわたり「ルール」を作りそうで辟易である。
ちなみに私はそばをすするときに豪快な音を立てるのは結構好きだが、意識してやる。あと啜り音とともにそばつゆが飛び散るのを抑えるのが難しいので、着ている服によって音をたてたりたてなかったりする。
そういえば、「ライスをフォークの背中に乗せて食べるのがマナー」という奇習も日本にあったなー あれはどこからきたのか。イギリス人が彼ら特有の意地悪なジョークで述べたのを本気にしてしまったのではなかろうか。
ドイツ人はピザを食べるときにナイフとフォークで丁寧に切り分けながらフォークで刺して口に運び、一生懸命食べる。でも本場のイタリアのピッツエリアで眺めていると人それぞれなんだわな。手で食べる人もいれば、ナイフだけ使って食べる人もいる。切り方も放射状だけではなく、碁盤目状に切る人もいるし、あまつさえ、切らずにパタパタと4つ折に畳んでガブッとかぶりつく人もいる(やってみると別の味になるぞ)。まー、もともとそのようなものなのであろう。
というわけで例えばドイツでピザの食べ方を憶えた日本人は「ヨーロッパではピザはナイフとフォークで食べるのがマナー」と思っても仕方がないかもしれない。
あるいは、「韓国人は犬食いする、マナーを守れない」という日本の人がいるかもしらんが、韓国の家では皿を持ち上げるとマナー違反なわけで、うちに来た子の友人、韓国人の子には、「どっちでもいいけど日本では持ち上げる」とだけ言った。「どっちでもいい」マナーに目を輝かせていました。
かようにマナーは恣意的であり、「マナーを守れ」って、マナーを逆手に取るのは、いわばプチ権威主義者なんだわな。
といいつつ、家ではやはり、「音をたてて食べるな」「おわんの持ち方がダメだ」「ひじをつくな」とか子にはいっているのではあるが、おそらくマナーそのものよりも、「マナーなるものがある」という恣意的な規範の存在がなんか重要なんだわな。