マスクを外す人が増えるに伴って、他人の良識を信じられる国に生まれたかったという思いが募る。
我々がマスクをしているのは、自分の身を守るためだけでなく、自分が無症状で感染していたとしても他者への感染機会を減らすためではなかったのか?感染によって死に至る可能性の高い人々を守るためなのではなかったのか?
マスクを外せ運動とは、結局のところ「健常者の快適性のためには、より弱いものにリスクの皺寄せをしてもよい」というメッセージだと思っているし、号令に合わせてマスクを外す人の量はいかにこの国に良識が欠けているかの指標のように思えてしまう。職場でマスクを外すようになった同僚を見て苛立ってしまうのは、私の考え方がおかしいからなのだろうか。
まだ仕事は始まっていないがガイダンスで一度職場に顔を出したときにノーマスクの同僚を見かけ、それだけでかなりのストレスを感じている。これからは「お客さん」も入ってくる。私の視点においては、いかにこの国では良識が蔑ろにされているのかをまざまざと見せつけられるのだ。苛々したり、喧嘩したりしないでやっていけるのだろうか。また、そうやっていくことが善なのだろうか。既にとてもしんどい。でも、うまくやっていかないと食い物に困るので、折り合いをつけてうまくやっていくんだろうけど、それはそれでなにか違うというか、漠然とした後ろめたさがあるような気がする。どうしたらよいのだろうか。